鼓動 遺書 忘却

趣味とか日記とか

2025

もう聴くことはできないと思っていた。スピード。大好きな曲だけど、第二期バクチクを続ける上で枷となるなら、それならやらなくても良いと思っていた。嬉しかった。寂しくなった。

最後にスピードを聴いたのはいつだっけ。あっちゃんが唄うスピードを聴く最後になるだなんて思いもせずに。死は唐突で、心の準備も整理もできないままに、受け入れきれず、なあなあに、今日まで生きている。もう聴けないかと心構えるくらい、それは唐突な別れだった。ありがとう、続けてくれて。

スピード

スピード

  • provided courtesy of iTunes

女の子 男の子 君には自由が似合う 
これが最後のチャンス 愛し合おう

 

2025年、私生活が少し変化した。自由になれると期待していた。環境が自由になったことで、依然内心は縛られたままなのだと痛感した。相変わらず鬱屈としている。
自分を大切にするやり方がわからない。誰も教えてくれなかった。誰も体現してくれなかった。自分を傷つけることでしか、自分を慰めることができない。自身に起こる全ての悪いことは、自分が原因で起きているような気がする。理不尽も不条理も、我々の手が及ぶ範囲では無いことを、2年前、嫌になるほど痛感したのに。
この陰鬱さから抜け出したい。

最近BUCK-TICKの曲を聴けるようになってきた。どれほど、あっちゃんは苦しみを真正面から受け止めていたのかと、表現は苦しみの伴うものだっただろうと、容易に想像ができた。感覚を鈍らせて生きても地獄。研ぎ澄ませて傷つき続けるのも地獄。なかなか、生きづらい日々。

髪は伸びすぎた きらなくちゃ

2025-10-19

たぶん、事実と向き合わないように、敢えて鈍感に生きるようにしている。勿論そうしていないと生きていられないから。

一年の中で一日だけ、貴方を偲び想う日を作る。一日だけ、のつもりが、結局引きずって数日は寂しくなる。まあでも、それでも良いと思う。

もう二度と、この地で貴方を見られないのだと痛感する。死とはそういうことなのだと思い知る。全く受け入れられない。ちゃんと考えると理解して思い知る。そしてまた、思い出さないように、日常を生きる。

いつまで悲しいのかな。いつまでも悲しくありたい。それだけ、大きな存在だったのだから。

f:id:reon27:20251021025803j:image

昨日蕾だったコスモスが今日は咲いていた。それだけで何故か涙が溢れた。

骨になり灰になりやがて咲き誇る

コスモスが咲き乱れる この世界の果てに

コスモスがこんなに綺麗だなんて知らなかった。

会いたいなあ。

2025-07-02

なんだかまだこの世界にいるような気がして

また帰ってくるような気がして

普段は考えないようにして

けれどたまにもう居ないことを思い出して

もう帰ってこないことを思い出して

どうしようもなく寂しくなって

また忘れるようにして日常に戻って

そんな繰り返し

 

2025年7月2日

スブロサの追加公演に行ってきた

また、BUCK∞TICKというバンドにしか生み出せない世界を構築したのだと実感した

シュルレアリスムとかキュビズムとか、そう言うものを背景に

「BUCK∞TICKはアート」だと説得せざるを得ない世界観

それはあっちゃんが創り上げた世界と、重なる部分もありながら、また別物で

まだまだ追いかけようと、観ていたいと

このバンドを好きになれて良かったと一体何回思わされるのか

コンサートで感情のリミッターを外してしまったから、楽しさも感動も、そして寂しさも。剥き出しに100で表出されてしまう。

どうしようもなく魅入られていて、好きで、カッコよくて、感動して、寂しくて

本当に、どうしようもない

絶望という名の君を強く抱いて

決して退かずに歩んでゆく

君はもう 優しい光 それを希望と呼ぶ

生きるよ、生きないと

 

2024

2024年が終わるようで…。2023年の出来事の密度と比べると、2024年は大分早く過ぎ去ったような気がする。というか今年は全くブログを書かなかったな。

BUCK∞TICK

昨年との絶対的な違いは、やはり櫻井敦司さんの不在。あの絶望的な知らせを受けて崩れ落ちたのに、時間は偉大だな、今は日常生活を送れている。別の作業をしながらであれば、曲も聴くことが出来るようになった。
忘れた訳ではない。忘れられるはずもない。でも、不在を思い出すと、声や姿に触れてしまうと、やはり寂しくて、何にも手が付かなくなってしまう。だから、なるべく目を逸らすように気を付ける日々で。

冬の足音が聞こえ始めた日に、一度だけ夢を見た。そこでは今も生きていて、ステージで歌い続けていて、何故か会話が出来たから、あと200年生きてくれって言った。そしたら困ったように笑って顔を逸らしてた。目が覚めて、夢特有の曖昧さに記憶は失われても、それだけは憶えている。とても綺麗で寂しい夢だった。
コンサートに行くのは不安だった。スブロサ、いないはずなのに気配がして、アッパーな曲調とはいえ追悼歌もある訳で。不在を実感してしまったら、悲しみに呑まれてしまったら、また立ち直れる自信は無くて。…だったのだけれど、見事に覆された。

年末武道館「ナイショの薔薇の下」。新たなカタチとなったBUCK∞TICKの最初の武道館。笑っちゃうくらいカッコよかった。ダークで暴力的で攻撃的な側面が強い、新たなBUCK∞TICK。アルバムを聴いた段階で、カッコいいことを続けてくれる、その確信はあった。けれど、こんなに我を忘れてはしゃいで盛り上がったのは初めてかもしれない。それか、自分の人生初のコンサート、Climax Together 3rd以来かも。
ステージに居て歌って踊ってくれたら良いのに、なんて願ってしまう。生き返らねぇかな、なんて。いつかまた会える日まで、そんな陳腐なフレーズで片付けられないくらいには、堪えている。まぁでも生きるしか無いし。
たまたま同じ時代に生きて、ひょんなきっかけでバンドを知って好きになって、そこから今日まで没頭し続けたバンドがBUCK∞TICKだったことは、幸運で、過去の自分を褒めたい。BUCK-TICKにも、BUCK∞TICKにも着いていく。

バンド

そういえば、属しているコミュニティで軽音サークルを立ち上げたのは、2024年入ってからだったらしい。毎週集まって楽器弾いて、たまにライブして、レコーディングなんかもさせてもらって、別のコミュニティでもバンド組んで…。密度が高かったから、まだ1年経っていないことに驚く。披露する場も上達も見込みも無いから、楽器をやめたい、なんて嘆いていた数年前の自分に教えてやりたい。狭かった世界が、ほんの少しずつだけれど広がっていって、今結構面白いことになっている。
2023年から特にずっと感じていることだけれど、周囲の人たちに支えられて、協力してもらって生きていることを痛感する。これがやりたいんだって主張する人と、面白そうだと言って協力する人と、その両方を何度も経験した1年だった。真の自分は、決して外向的でもなければ、協力的でもなくて、面倒ごとを嫌がる人間だった。と思っていたけれど、そうではないのかもしれない。自分のリソースを他の人のために割くこと、それを良しとしない周囲の価値観で生きてきたような気がしていて、けれど、手を差し伸べてもらった経験をしたからこそ、そして人と協力する活動をしたいと思うなら、自分の時間を他人に充てるのは必要で。ただ、その相手が好きな人たちの場合なら、案外キモチイイことだってのも知った。もっと面白いことをやりたい。降ってくるものだけではなく、自分から動くことも少しずつ出来るように。

曲とか

2024年もあまり音楽を聴けなかった。忙しさと余裕のなさと、あと不在から目を逸らしたくて。まぁそれでも何曲かは今年の自分を表すものとして。

April - The Birthday
April - Single

April - Single

心地良いサウンドと、しゃがれ声と。チバさんは、「自分にしか分からない」って思うような歌詞を書くのが上手い人だって、誰かが言っていた。その通りだと思う。

Give a Glimpse of What Yer Not - Dinosaur Jr.

2016年のDinosaur Jr.のアルバム。相変わらずノイジーで、暗い歌詞。Dinosaur Jr.ってずっと聴いていられる。

Mr. Beast - Mogwai

Thom YorkeとかSigur Rosマイブラあたりを思い出す。音の奥行きと寂し気な世界観。大分好みなのでこれからディグるつもり。

スブロサ SUBUROSA - BUCK-TICK
SUBROSA

SUBROSA

言うことなし。書き残さずとも忘れられない。

2024-07-10

チバさんの誕生日。RUDE GALLERYのDJイベント

2024-10-19

夢路を辿る あなたの夢へ

残り4年

この1年の出来事は走馬灯で長く流れるだろうな、と確信できるほど激動だった2023年。の特に下半期。大事な人ができた。自分の人生にとって大きな人を失った。

2023.12.29 武道館。もう居ないんだってこと、でも至る所に居るんだってこと、どれだけ自分にとって大きな存在だったかってこと、色々分かった。行って良かった。号泣しても良いけど苦しまない。生きていたという事実を胸に抱える。今井さんやっぱりかっけぇよ。BUCK-TICK、あっちゃんは自分にとってバイブルで、きっとずっと忘れられない。というか、自分の価値観を形成してくれたものだから、引き離すことは出来ない。それを誇りに思う。BUCK-TICKを好きになって良かった。

FUTURE SONG - 未来が通る -

FUTURE SONG - 未来が通る -

蹴散らせ 引くな怯むな 進め 未来だ

DIABOLO -Lucifer-

DIABOLO -Lucifer-

乾杯

 

自分の力が及ぶことなんて殆ど無いこと、強大な自然の理の前に屈服するしかないこと、人間の無力さを痛感したこの一年。死ねるようにと決めた27歳まであと3年。27歳でいられるのは、あと4年。無力の檻の中で成し遂げたいと思えることの目途が立ったような立っていないような、少し人生が進んだ年だった。

これまで感じたことのないほどの幸運と、どうしようもない悲しみとを味わった。もうこれで終えても良いかな、と思えてしまうほどの密度だった23歳。でも、2024.12.29も武道館やるみたいだから、あと1年は生き延びないといけなくなってしまった。そうだった、こうやって毎年12.29のために生き延びてきた。

今年良かったなぁって思った曲。武道館の次の日に38度の熱出して寝込み年末年始なので思い出せるやつだけ。

MUCC - Mother
MOTHER

MOTHER

  • MUCC
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

シャングリラ、MUCCの中では異色で好みではなかったからまともに聴かずにいたけれど、ちゃんと聴いたら名曲が埋もれていた。

Pop Evil - Stepping Stone
Stepping Stone

Stepping Stone

  • Pop Evil
  • ハードロック
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes

人の無力さを理解したことにも繋がるけれど、自分と関わった時間が、誰かのその先の人生に少しでもポジティブに働けば良い、Stepping Stoneになれたら充分だ、という価値観をなんとなく構築した。いや、この曲の歌詞とは真逆なんだけど。人と人は分かり合えなくて、誰だって孤独で、離別にせよ死別にせよ、ずっと一緒に居られるわけではないから、良い時間になれたらそれで満足できるようになりたい。

The Birthday - さよなら最終兵器

さよなら最終兵器

さよなら最終兵器

バースデイもミッシェルも聴けなくなっちまったよ。アルバム全部揃えようと思ってたのに。なんなら買ったけどまだ取り込んでないCDあるのに。復帰したらライブ絶対行こうと思ってたのに。あの世でライブに行けるのを死んだ後の楽しみにしておくしかないや。また悲しみが和らいだら、沢山曲を聴こう。

夜更かし日記

寝る前にLineのBGM変えようと思って、候補を探しつつ色々聴いていたら、寧ろ聴く方に夢中になってテンション上がって眠れなくなった、そんな価値ある夜更かし。半年以上ぶりのブログも書きたくなる。アゲ。今の感情をなんとなく書き残して置きたい。

Memento mori

Memento mori

最近はなんとなくBUCK-TICK以外の曲が多くなっていたから、久しぶりに歌詞・メロディを全力でじっくり聴いた。ラテン語の諺"memento mori"「死ぬことを忘れるな」、これを沖縄民謡のメロディで歌い上げたロック。格好良すぎる。

高校生の頃、BUCK-TICKを狂ったように聴き続けて、今の自分の価値観を創り上げてくれたことを思い出した。人生は愛と死。期限付きの爆弾抱えたまま、生きるこの人生。愛はまだわからないけれど、喰らい踊り明かそう、ダイジョーブ、俺たちは愛と死。

5月に学会で知り合って話をした先生が亡くなったと7月に訃報を受けて、まだ若い方だったし、優しい方で、また話せると、お世話になりたいと思っていたから、たった数回しか話していなかったのに酷く心が燻った。その先生をストーリーに落とし込んで納得しようとしても、なんだか死をフィクションとして捉えているようで心の整理は多分まだ出来ていないけれど。人はこうも呆気なく逝ってしまうんだ、と思った。

いつ爆発するかわからない爆弾、こんな厄介なもん抱えさせられて、I was born 、生まれさせられて。でもこの世で色々な形の愛を貰って。それは音楽とか人とか芸術とか景色とか、ある種歪んだ愛も、無ければ良かったかもしれない愛も、自分を救ってくれた真っ直ぐな愛も、色々。高校生の頃みたく全部を剥き出しの感性のまま考えたり受け止めたりしながら生きることは出来なくて、敢えて鈍感に、感じないように生きるようになっていたけれど、久しぶりに人生とか愛とか死とか、そういうものを考えていたこと、BUCK-TICKに教えてもらったことを思い出した。

まだ自分が生きていることを肯定はできていない。どう生きれば良いかも、大切なものが何なのか見誤らずにいられているかもわからない。なんかでも、もしかしたら物凄く単純で、人生は、俺たちは、"愛と死"でしかないだけなのかもしれない。

  • 生と死と君 - MUCC

生と死と君

生と死と君

どうして彼を選んだの神様

その先生が亡くなった時に、やり場のない心をどうにかしたいと思って聴いていた曲。自分にとっては整理のつかないことが起きた日なのに、当たり前だが別の人にとってはなんの変哲もない1日な訳で。身体はただの有機物でしかないから、簡単に燃えて煙となって呆気なく空に消えていく。

惡Remixだと、ミヤさんの「生きることに嘆いてんじゃねぇって君はどこかで笑ってる」パートが入るはず。先生がそう言ってる、なんてそんな陳腐なことは言いたくない。ただ、まだ爆弾に残りがあるんなら、どうにかがむしゃらに足掻いて生きないといけない、生きたいって思う。

人が死んだ時、その人がくれた思い出の記憶は、どう残っていくのかな。それが魂なのか?人間にあってAIには再現できないものは魂ではないか、と指導教員と話したことがある。生粋の科学者が云う非科学的な魂の存在は、寧ろ説得力があった…気がした。

くそったれの世界

くそったれの世界

お前のそのくそったれの世界 俺はどうしようもなく愛おしい 世界中に叫べよI LOVE YOUは最強 愛し合う姿はキレイ

愛なんてまだわかんねぇよ、わかんねぇんだよ、うるせぇよ、って思っているけれど、物凄く単純なものなのかもしれない。なんだかもうすぐ分かりそうな気がするし、結局わからずじまいかもしれない。

最近、というか多分まさに今、自分は人生の岐路に居る。大切なものを見誤らないように、でも自分で決めないと後悔する。それは進路も人との繋がりも。今幸せなだけに、ぼんやりとした不安が常に付き纏っていて。適切に人に迷惑をかけることは多分必要で、それが今まで出来ていなかったから、今度こそ間違えないように。未来、楽しみだけれど怖いな。

何かにすがるならどっかに魂を売っ払った方が…魂を売れるほど覚悟は決まっていないけれど、ロックの生き方を忘れたくないという意味では座右の銘として刻み込んでおいてやろうか。

卒業

日記

大学生活がもうすぐ終わるらしい。まあ大学院に行くから少なくともあと2年間はそこまで生活は変わらないけれど。それでも一応節目といえば節目だし、最近色々と振り返って考えることも多いから書き残しておく。

 

大学4年間で一番大きな出来事は恐らくコロナ禍だったと思う。1年生の時はコロナ前だったからキャンパスへは行けたが、残り3年間、特に2年生の時は真っ只中で世間がピリピリしていた時期だった。

コロナ禍がなければ、あれが出来たとかこれをしていたとか、そういった後悔は言わずもがな大量にある。ペストよりマシとは言えども猛威を振るわないに越したことはなかった。だけれども、あの中で自分と向き合った経験とか、あの異常な状況だったが故に関わることになった人とか、そういうものを考えると、自分の人生に必要なものを得た時期だったのも間違いない。あの頃には絶対に戻りたくないけど。

大学に上がってから親が厳しくなって、門限とか外泊禁止とか設定されるようになった。正直今もキツい、まあそれは置いておいて。もし仮にコロナ禍がなくて2年次に自由に遊びとか飲み会に行けたとして、制限のある状況で心置きなく楽しめたかと思うと、多分無理だったと思う。1年生の時から帰る時間を気にしていたのに、さらにお酒を外で堂々と飲めるようになって周囲が自由になる中での自分の立ち振る舞いにもどかしさを感じない訳がない。そう思うと、ある意味コロナ禍に助けられた側面は結構大きかった気がする。

 

門限のこととか書いたから思い出したことがあって、今の自分はあまりにも親とか状況に責任転嫁しすぎているのではないか、という自制。周囲は同じ大学生という立場ゆえ、自分の不満を嘆けば同調してくれる人ばかりで、あたかも自分が正しいって考えてしまいがちだけれど、衣食住が満たされている、ただ生きるだけなら不自由がないというのは恵まれたことだという観点が抜け落ちてきている。ただ生きられることに感謝しないといけないし、反感を持たずに従わないといけないって理屈ではわかるけれど、ただ生きるだけに不満を持つのは…どうしたら良いのかな。

誰も悪くないとはいえ、家のこととかコロナのことで身動きが取れずにやりたいことに手を出せなくて、でも周囲の人たちには若いうちにやりたいことはやっておけ、と言われてどうしたら良いかわからない、なんて悩みを喫茶店の常連さんで、すごく綺麗な姉御って感じのお姉さん…お姐さんに聞いてもらって…。今は動けなくても、やりたい、と強く思った感情を大事に持っておけば、歳を重ねてからでもできる。だから、今やりたいと思ったことをちゃんと胸に残してほしい。あとは今できそうなことなら躊躇わずにやってほしい。とアドバイスを貰って…。このアドバイスが本当に優しくて、参考になって、嬉しくて、救われた。特にコロナ禍以降…その前からかもしれないが、欲求の押し殺し癖が付いていて、でも時々押さえ込んだものが爆発して、どうしようもなくなっていた。今思ったけれど、先に書いた責任転嫁も自分の押し殺し癖が原因かもしれない。自分を守る手段は感情を殺すことしかない、なんて理想を掲げていたけれど、やりたいって気持ちを持つことを許されるのが嬉しかった。歳をとることも少しだけ怖くなくなったかもしれない。

話を戻して、コロナ禍真っ只中の2020年の生活について。ここでの出会いというか…まあ特定の人との関わりが自分を変えたと思うし、成長させたと思う。コロナ禍は無いに越したことはないけれども、あの時期に感じたこと、考えたこと、反省したことが無いまま過ごして今に至る自分は想像したくない。それくらい、あの時期は自分の人生の中でも非常に価値のある時間だった。自分のことは相変わらず嫌いだけど、あの頃に得た考え方を持つ自分のことは好きでいられる。あれほどまでに価値がある日々を送ることができただけでも、自分の人生の選択は間違っていなかったと思える。

対面授業が再開してからも、学科で価値ある出会いが多くあった。今まで過ごしてきたから言えることとして、ここまで無理をせずに、自分をあまり偽らずに過ごせる友人が出来ると思っていなかったから。大学の選択は今でも間違っていたって思っているけれども、ここで出会えた尊敬するべき人たちと出会えなかったifの世界の自分が信じられないし、きっとその自分よりも今の自分を誇りに感じている、と思うよ。4年間、意識下・無意識下問わず、周囲の人たちを傷付けてきたし、周囲の人たちから沢山与えてもらった。アカデミアの世界における自分の位置付けに関しては、正直"向いていない"という事実がわかったことしかなくて、けれども人との出会い、人との関係性は自分の人生にとって何事にも変え難い価値になったことは、自信を持って躊躇うことなく首を縦に振れる。

最近聴いているやつ

音楽熱は割と昼夜と飲酒の有無で違うかも。前から気づいていたけれども、自分にとって飲酒は世間に許される自傷行為なのだと思う。

傀儡

傀儡

  • CRCK/LCKS
  • J-Pop
  • ¥255

"誰のものでもない君が好き"の歌詞が好き。人間らしい傲慢さが好き。そして、大嫌いな歌詞。

My name is "I love you" 歌詞が好き。BUCK-TICKのキャンディを聴きたくなる

キャンディ

キャンディ

少し前まで馬鹿みたいにずっと聴いていた曲。Taylorが亡くなってからTaylorのファンになった。いつも遅いんだよな。